第1回柔道事故シンポジウム スピーチ

 

『柔道事故の根絶をめざして』

(2010年6月13日、第1回柔道事故シンポジウムでの報告)

 

 はじめまして、滋賀県から参りました、村川弘美です。

 今日は、柔道の被害者遺族として、私の経験したこと、そして、今後、柔道の事故根絶のために、具体的な提言をしたいと思います。

 

(1)死亡事故の経緯について

 

 長男康嗣(こうじ)は、中学1年生の2009年の7月29日、滋賀県愛荘町立秦荘(はたしょう)中学校(注・北村孝弘校長)の柔道部、部活動中に無理な乱取り稽古の末に、顧問(注・一宮良太講師、当時27歳、柔道3段、9月に依願退職)から「大外返し」という技で投げられ、意識不明となりました。救急車で病院に運ばれたものの、意識が戻らないまま、8月24日に死亡しました。

 

 4月に柔道部に入部したての頃、息子が柔道の初心者ということを、私は顧問に再三お願いしました。具体的には、持病の「喘息(ぜんそく)」があるということ、スポーツ経験はないということを申し上げたのです。練習に当たっては、そういうことを考慮して、別メニューで…ということをお願いしました。

 

 ところが、正式入部から10日後、6月中旬に、息子はふくらはぎの内側を「筋断裂」を起こして帰宅しました。わずか10日目の練習で、筋断裂の怪我(けが)を負うとは、個別の事情のある息子に配慮しているのだろうか、この時も、顧問は医者に連れて行くことをせず、すべての練習が終わってからただ息子を帰宅をさせただけでした。私は、その時も顧問の先生に息子にあった適切な練習をして欲しいとの申し入れをしたのです。

 

 そして、“事故”が起きました。 

 

 その後、柔道部でどんな“指導”が行われていたのかが、徐々に明らかになって来ました。顧問は、息子に「防塵マスク」をさせてランニングをさせていました。受け身の練習は、正式入部前の、わずか8日間しか、指導されていませんでした。「指導」と称する暴力が日常的に(顧問から)生徒に加えられていました。

 

 しかし、学校は「暴力があったこと」は認めながら「(生徒に加えられたのは)指導であって、体罰ではない」という、常識的には理解できない言い回しで、顧問の“指導”をかばったのです。

 

 7月29日、息子は意識を失うまでの約50分間も乱取りをさせられていました。それも、1年生がすべて上級生と対戦するという内容でした。正式に入部して、わずか28日目のことです。

 

 息子は2分間の乱取りを26本させられ、乱取り中には何度か頭を畳に打っていたという証言もあります。乱取りの15本目以降は、「足もとがおかしい」「ふらふらしていた」「ふにゃふにゃしているような感じだった」「立ち上がるのも苦労していた」「握力が無かった」等の証言も、あとから寄せられました。

 

 この時すでに「脳損傷による意識障害」の兆候が出ていたことがわかっています。23本目以降は「声が出ていない」という理由で、息子だけが乱取りを続けさせられました。顧問は、2分間のタイマーが鳴っても乱取りをやめようとはせず、経験者でも受けるのがむずかしいとされる「大外返し」という返し技で息子を投げました。そして、意識を失った息子の頬を、平手で打ち続けて覚醒させようとしたのです。

 

 救急車が到着した時には、すでに瞳孔が開いていたそうです。その後、息子は意識が戻らないまま、急性硬膜下血腫で亡くなりました。 

 私が、今日、こうやってみなさんの前でお話したいのは、自分自身の不幸を伝えたいのではなく、不幸な思いをした者だからこそ言えることがあり、そのことを言うために、私はこの場所に来ました。私が、みなさんに申し伝えたいことは、次の2点です。 

 

(2) 公平・公正な事故原因の究明を!

 

 ひとつは、今、私がみなさんにお話した事故の状況は、家族自らが調べて初めてわかったということです。生徒への聞き取りを依頼したのも、私たち家族からの働きかけがあってのことでした。 

 学校は、事実関係を調べるための積極的な調査はしていません。本当の意味での「原因究明」はされていないのです。 

 

 学校や教育委員会などが、自分たちに不都合なことを隠蔽するのは、多くの柔道事故に共通することです。しかし、事故には原因があるのです。その原因がきちんと調べられなければ、予防策は立てられません。

 

 大分県でも今年5月に柔道の死亡事故がありました。けれども、事故から数日で、県教育委員会は「練習に問題なし」との報告書をまとめています。けれども、その報告書は、どのような調査が行われた上での“報告”なのでしょうか、どのようなメンバーからなる機関が、どのような手法で、その報告書を作ったのでしょうか? そのメンバーに、脳外科の専門医はいたのでしょうか、運動生理学の専門家は、いたのでしょうか……。 

 

 多くの場合、調査報告書なるものがまとめられますが、今申し上げたように、どういう方法で、どのように調査したのかが、わかりません。事故が起きることも問題ですが、事故の後で、うわべだけの調査報告書が出されることも、もっと問題です。そして、そういった報告書によって、柔道と死亡との間の因果関係がうやむやにされています。 

 

 もう一度申し上げます――。原因究明をおろそかにしたら、柔道の死亡事故はなくなりません。公正・公平に原因を究明する委員会なり、調査機関なりが必要です。そして、その調査機関には、柔道の専門家、教育関係者はもちろん、脳外科、スポーツドクター等の医療専門家や法律の専門家などが入り、誰が見ても納得できる人選にすることが必要ではないでしょうか。 

 

 愛荘町は、事故から6ケ月も経ってから、「専門家の委員会」なるものを立ち上げましたが、その委員の選出方法は一方的で、遺族からすると、その委員会に公正さ・公平さを見出すことは困難でした。 

 

 事故の原因究明に当たっては、事故当日のことだけを調べるのでは足りません。事故当日以外のことも調べるべきです。なぜなら、日常の“指導”のあり方の中に、重大な事故の原因がひそんでいることもあるからです。 

 

 「ふだんの指導方法は適切であったはずだ」と、指導の適正さを前提に、ものごとを考えるのではなくて、「日常の指導が、本当に適切であったのか」――このことを疑うことから、始めるべきだと思います。 

 

 例えば、柔道場の環境や設備、体罰や暴力的指導の有無、部活動の雰囲気、受け身等の基本練習の指導期間、段階的練習の指導の有無などです。 

 事故当日に関しては、当日の気温や湿度、当日の練習内容・時間、水分補給の状況、練習相手との力量差、さらに事故が投げ技で起こったのであれば、投げたスピード、角度、強さ等、救命措置の詳細、事故後の経過、事故内容の医学的検証等――、記録しておくべきことは数多くあります。 

 

 今後も起こり得る柔道事故に対して、「何を調査するのか」――具体的な調査内容の指標を全国共通に、作っておくことを提案します。現在は、“事故”に対する調査方法が、地域によってばらばらです。どこの地方かを問わずに、何を調査するかについて〈全国共通のガイドライン〉を作ることで、学校ぐるみの隠蔽などもしにくくなるでしょう。当事者が、情報を共有し合うことで、ひとつの事故から、前向きで意味のあることを学ぶことができます。

 

 情報の共有ということに関連して、秦荘中の校長は「頭に、外部の損傷が無い」、「柔道部の練習と死亡との間に因果関係は無い」と発言をしました。高速回転による脳損傷、つまり加速損傷によって静脈が切れること等、校長は何も知りませんでした。顧問は、病院で開口一番に「(息子は)頭は打っていない」と言いました。顧問もまた、頭を直接打たなくても、脳内の静脈が切れるおそれがあるという最近の研究の成果を知らなかったのです。もっと驚くべきことは、その年の、青森(注・2009年5月27日 藤崎中学)や兵庫県姫路市(注・2009年7月25日 日生高校)で起きた死亡事故のことも知らなかったということです。

 

 このことは、いかに柔道の死亡事故の調査内容が現場に徹底されていないか、過去の死亡事故についての調査に基づいてきちんとした事故防止策が採られていないかということを物語っていると思います。

 毎年、毎年、柔道で死亡者が出るのは、そのように事故の原因究明や予防策がおろそかだからではないでしょうか。〈徹底した原因究明〉と〈公正な情報共有〉とを、今後とも重ねてお願いしたいと思います。  

 

(3) 指導者の質について  

 

 死亡事故が起きてから、顧問が安全に配慮していなかったことが、少しずつ明らかになりました。単に配慮していない――というだけではなく、顧問のやったことは、無謀な「しごき」であり、有形力を伴った物理的な暴力です。特に、そのような暴力を日常的に繰り返す柔道経験者に、わが子の指導を託すことはできません。そして、漏れ伝わる情報から考えると、このような指導者が全国にいるのではないかということが危惧されるのです。

 

 息子を死に至らしめた顧問は、ある日を境に、忽然(こつぜん)と姿を消しました。今現在、その顧問と連絡を取ろうにも、どこにいるのか、わからない状態です。その顧問の実態が事故後に少しずつ明らかになって来ました。

◎ 医学的無知、

◎ 事故後に適切に安全に関する手当て、正しい救護法ができないこと、

◎ 全国の類似した事故、それも新聞でも報道されているような事故について全く知らないこと  

 ――これが、秦荘中の柔道部顧問の現状でした。 

 

 全日本柔道連盟(全柔連)からは『柔道の安全指導』という冊子が出ています。そして、そこには、指導者に求められる〈安全配慮義務〉として…

 〔1〕危険予見義務 と、

 〔2〕危険回避義務 とについて、詳細に書いてあるのです。 

 

 〔1〕〔2〕について息子に十分な配慮がされていれば死ぬことはなかっただろうと私は確信しています。現に、息子を手術して下さった執刀医の方も、事故の原因は、柔道部の部活動中にあり、意識障害が現れていた時点で適切な処置がされていれば(息子が)命を失うことはなかった、すなわち、それら〈安全配慮義務〉が履行されていれば死ぬことはなかっただろうと言って下さいました。

 

 ある調査によれば、学校での柔道死亡事故の6割を、初心者が占めるそうです。この数字ひとつ取っても、いかに指導者が無謀な練習を強(し)いているかがわかると思います。 

 息子を死に至らしめた乱取りもそうです。意識障害の兆候を顧問は見逃していたのです。意識を失った者の頬(ほお)を平手で打つことの危険性も認識していませんでした。つまり、初心者への適切な指導方法も、危険予知や回避の知識も、緊急時の安全対策の方法なども、この顧問は何一つ知らなかったのです。 

 

 顧問は、柔道についてどう考えていたのでしょうか。全柔連の『柔道の安全指導』は読んでいなかったのでしょうか。

 あるいは、『柔道の安全指導』は、単なる“理想”を書き連ねたものなのでしょうか。全柔連には、あの手引きを守れない指導者には毅然とした態度で臨んで頂きたいと私は願っています。(新聞報道によれば)全柔連は、学校の部活動や授業で事故が頻発している状況をふまえて、7月に東京と大阪で指導者対象の講習会を開くそうですが、学校現場の最前線にまで、そうした安全な柔道指導についての通達が行きわたらなければ何の意味もありません。

 柔道の指導現場に、柔道の理念や全柔連の安全対策を無視する、無謀な“指導者”がいることが、柔道の死亡事故などがいっこうに減らない一因なのではないか―――私はこう考えます。柔道界は、このような“指導者”を徹底して排除するという姿勢を示して頂きたいと思います。 

 

 これまでの20数年にわたって、わかっているだけでも100名を超える生徒が、柔道にかかわる“事故”で命を落としています。 

 息子は、まだまだ生きたかったと思います――。私も、息子の成長を見守りたかったです。

 しかし、今からでも遅くはありません。息子を含めた多くの犠牲者から、学校関係者、柔道関係者は、子どもたちの命を守るために必要なことを学んで頂きたいですし、すべての柔道事故が無くなることを心から願っています。 

 

 ――ご清聴、ありがとうございました。