遺 族 の 思 い

 

 

 

※平成25年8月29日付「検察審査会」への〈意見陳述書〉草稿

 

 わずか12歳で、私の最愛の息子がこの世から去りました。

 現実を受け止める間もなく、息子に何があったのかもわからないままに、部活中に倒れ緊急手術を受けることになった息子は、その後回復することもなく、1週間後に〈脳死〉宣告をされました。親として「心臓が動いている間は、できる限りの処置をしてほしい」とお願いをしたものの、息子の心臓がいつ止まってしまうのか――恐怖と絶望の中で「部員に聞き取りをしないと学校は隠ぺいをしてしまうと言われ、ICU(集中治療室)から何度も聞き取りに出向きました。

 安全に学校生活を送ってこのまま成長していくのだと誰もが思う中で、息子が体力をつけて自分の将来の夢をかなえるために選んだのが、柔道部でした。

 持病の喘息(ぜんそく)のために常に吸入器を持ち歩いていたこともあり、当然、親としては「柔道部…?大丈夫?」と不安もありましたので顧問の先生に息子の状態を話ました。

 「喘息があるために走るのも苦手で、運動らしい運動を今までやったことがなく他の生徒さんと同じことはできないので、この子のペースでやらせてほしい」と、他の生徒さんとは別メニューでの練習をお願いをしていました。主治医からは「しんどくなったら顧問に申し出て休ませてもらうこと」を条件として、柔道部への入部について背中を押してもらいました。顧問は、面談のたびに「わかりました。康嗣君のペースでやらせたいと思います」と言っていたのです。

 家では、「もうえらいわ(注:とてもしんどい)」と康嗣が言うこともありました。今まで運動したことがないから、えらくても(注:しんどくても)それはある意味では当たり前のこと。但し、「胸が苦しいと少しでも感じたらすぐに休憩させてもらうよう先生には話しているからすぐに言うように」と息子に話しました。

 

 ところが、事件当日の729日の練習内容を聞いて驚きました。

 あれだけ繰り返し息子の体調や体力面への配慮を申し出ていたにもかかわらず、実際には別メニューでも何でもなく、他の部員と同じことを強制され、「柔道習い始めて日の浅い1年生」対「上級生である2,3年生」の乱取りがされていたのです。

 柔道部に入部して約1か月にも満たず、特に6月は部活中の怪我で練習を休んでいた、初心者の息子にとって、この乱取りはとても苦しくて辛かったと思います。受け身も十分に出来ないのに投げられ放しであったと思います。

 そして、顧問から見てよく声が出ている者から抜けることになり、最後に息子一人が残されました。これは、個々人の体調面や体力差に配慮している練習とは言えません。これは、しごきであり、暴力です。

 26本にも及ぶ続けざまの乱取りの最後に、息子は顧問に「大外返し」という受身の取りにくい変則技で2度投げられました。力尽きた息子は、意識を無くして倒れました。

 倒れている息子に、顧問は水をかけて意識を覚醒させようと平手打ちをしました。その時すでに、息子の頭部の中では出血が起き、脳が押されて危機的な状態だったようです。私は、息子がどうしてここまでひどい「練習」という名のしごきや暴力を受けなければならなかったのか――怒りを覚えます。

 その後の聞き取りで、息子らがふだんから顧問から平手打ち等をされていたことがわかって来ました。息子だけではなく、秦荘(はたしょう)中の柔道部では、部員が「休みたい」と言えば叩かれ、蹴られるという暴力が当たり前だったのです。

 試合会場では、試合を終えた生徒が顧問から履いていたスリッパで頭を叩かれたことも、試合に応援に来ていた保護者の方から聞きました。息子は部活を休むと、後日顧問から“ペナルティー”として「しごき」を受けていたこともわかりました。

 これが、初心者に対する指導でしょうか――?

 「休みたい」と言えば叩かれる、

 叩かれるのが怖いから言わなくなる、

 言えないから、我慢をする、

 子どもたちが我慢することで顧問が増長する――これでは、悪循環です。

 

 ガラス張りの職員室前で、体格の大きい顧問に叩かれている息子の姿を先生方は「知らない/見ていない」と口をそろえて言います。

 武道場で隣り合わせの剣道部顧問も「知らない」と言います。

 野球部の顧問も、たびたび柔道部に来ていたにもかかわらず「知らない」と言います。

 しかし…何人もの生徒が「叩かれていた」と訴えているのです。

 そして、上級生の中には「自分が悪いから叩かれるんだから、叩かれても仕方ない」と言う者もいます。

 そうやって、暴力に対して見て見ぬふりをしたり、暴力を容認したりするような教育環境も問題だと思います。そういう暴力を放置して来た大人たちにも責任があるはずです。

 息子が亡くなって、顧問は突然引っ越してしまいました。

 何も知らされぬままどこかに逃げていきました。警察で担当課長は「お母さんが聞きたいことは何でも答えるからと顧問の先生は言ってから、落ち着いて聞けるようになったら連絡してみたらどうか」と言われていました。しかし、顧問が引っ越して居場所がわからなくなっては、聞きたいことがあっても聞くことはできません。

 

 そうやって逃げた顧問を私は到底許すことはできません。裁判の時に、法廷に姿を現した顧問は「なんで俺がこんなところに呼ばれないといけないのか?」とでも言いたげな顔つきでした。

 私は、顧問が息子にふるった暴力もしごきも絶対許しません。安全であるはずの学校で、なぜ子どもが命を落とさなければならなかったのでしょうか?

 

 指導的立場にある者の〈暴力〉を罰することをしなければ、指導者の暴力やしごきは無くならないと思います。

 スポーツが好きな子どもたちが安心して運動できる環境を整えてやるのが大人の役目ではないのですか?

 二度と私たち家族に起こった不幸な事故を起こさないためにも、暴力をふるうような指導者を、私は学校現場から追放してもらいたいと思っています。

 

 顧問が刑事裁判で「不起訴」となったことは、私たちが刑事告訴した当初から、あらかじめ決まっていたのではないかとも感じています。

 担当の検事は、当初、「私が住んでいるところにも出向いて話を聞きに行きます」と言われていましたが、実際にはそのようなことも、私たちが提出した資料に目を通している様子も無く、まるで「不起訴」にするための要件を探すことに専念されていたようにも思います。

 遺族である私たち家族は傷つきました。息子の〈死〉は、避けられないものだったのではありません。柔道の部活動中に、息子一人が残され、体格・体力・技量などあらゆる面で優位に立つ有段者らが「しごき」を繰り返す中で、息子は〈いのち〉を奪われてしまったのです。

 そのような「しごき」が、何の抵抗もできない子どもにとって、どれほど過酷で悲惨なことなのか考えて見てください。学校生活の中での平手打ちや、「しごき」という名の暴力行為で、前途ある12歳の息子を死に至らしめた指導者が刑事責任等を問われるのは、ごく当たり前のことではないのですか?

 病院に駆けつけた私に向かって、顧問は自らを擁護(ようご)するようなことを開口一番に私に言いました。息子の〈死〉という途方もない事実に対して、心から「申し訳ない」と陳謝することも、亡くなった息子の遺影に手を合わせることも無く、あの事件から4度目の夏が過ぎました。

 どうぞ、12歳という若さで、顧問からの暴力行為でこの世から去らねばいけなかった息子の無念に目を向けていただき、二度とこのような悲惨な事件が起こらないよう、顧問の起訴を願います。よろしくお願いします。